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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(オ)66号 判決 1948年11月13日

上告人

藤野泰一

被上告人

參議院全国選出議員選挙管理委員会

主文

本件上告を却下する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人東本紀方の上告理由は「原判決には公職追放者の弁護士の訴訟代理権を認めて審理判断せるの違法がある。原告訴訟代理人は被告訴訟代理人の坂千秋弁護士は曾て内務省地方局長、北海道長官、内務次官に歴任したることがあるので、そのため公職追放覚書該当者として指定を受けその確定を見たるものであるから、公職たる參議院全国選出議員選挙管理委員会委員長を代理して訴訟行爲を実施する権限がない。又被告訴訟代理人の長谷川勉弁護士は曾て宮崎縣及び埼玉縣特高課長兵庫縣外事課長を歴任したことがあるので坂弁護士同様公職追放覚書該当者であることは疑いなく、從つて仮令その指定を受けて居らなくても公職に関与出來ないから被告を代理して訴訟行爲を実施することは許されないと抗爭せるに対し、原審は次の如き理由を掲げてこれを排斥した。「弁護士坂千秋が所謂追放覚書該当者であることは同人の認めるところで昭和二十二年勅令第一号(昭和二十三年政令第三十二号でその一部を改正)第十三條には「覚書該当者は選挙権の行使に必要な場合を除く外すべての選挙管理委員会の事務所に出入してはならない」ことになつているが、弁護士として選挙訴訟について選挙管理委員会の委員長の委嘱をうけて、その代理人となり訴訟行爲を行うことは弁護士固有の事務を行うものであつて、これは公職者に対しその職務の執行、政治上の活動を指示若しくは勧奬するとか、支配の継続を実現することを意図するものでないから、同弁護士は被告の訴訟代理権を有し有効に本件訴訟行爲を行う権限がある。弁護士長谷川勉が追放覚書該当者であることはこれを認むべき証拠がない。仮にその該当者であつても坂弁護士について説明したところと同一の理由で有効に本件訴訟行爲を行う権限を有するものであるから原告訴訟代理人の主張は理由がない。」しかし、この判決はポツダム宣言、昭和二十一年一月四日の公職追放の覚書、公職に関する就職禁止退官退職等に関する昭和二十二年勅令第一号、同二十三年政令第三十二号に違反せる不当且つ、無謀の判決である。彼のポツダム宣言には「我等は無責任なる軍國主義が世界から駆逐される迄は平和と安全と正義の新秩序が生じ得ないものであることを主張するものなるが故に、日本國民を僞瞞して世界征服の暴挙を犯さしめた者の権力並びに勢力は永久に之を根絶させなければならない。」とあり、而してこれが忠実なる履行を企図せる日本政府は軍国主義者超国家主義者反民主主義者の公職よりの追放を決定すると共に、昭和二十二年勅令第一号を以て、「公職に在る者に対しその職務の執行又は政治上の活動に関し指示若しくは勧奬をし、その他公職に在る者と意思を通じ又はこれに利益を供与し、公職に在る者をして覚書該当者に代つてその支配の継続を実現するような行爲をさせてはならない。」と規定し、更に又「その退職当時の勤務先たる官公署若しくは会社その他の團体の執務場所又はこれと同一建物内にある場所で当該官公署若しくは團体の管理に属する場所に出入し又は自己の住居若しくは事務所を設けてはならない」尚これに違反するときは三年以下の懲役若しくは禁錮又は一万五千圓以下の罰金に処する旨規定するところがあつたのであつたのである。斯くて平和國家民主日本の建設を阻害する一切の好ましからざる人物の一掃を企図すると共に、公職追放者をして一切の公職に関与することを禁止したのであつたが、公職追放者の選挙管理委員会に出入する者あるの実情に鑑みこれが禁止の必要に迫られ右勅令は昭和二十三年政令第三十二号を以て一部改正された。それによれば「覚書該当者は選挙権の行使に必要な場合を除く外すべての選挙管理委員会の事務所に出入してはならない。」と規定されて居る。右に依り明かなる如く公職追放者は直接公職に就職関与は勿論間接に公職者を代理する方法により公職に関与することも許されない。從つて公職追放者の坂弁護士及び長谷川弁護士は何れも公職たる(參議院議員選挙法第十三條乃至第十九條參照)參議院全國選出議員選挙管理委員会委員長を代理して訴訟行爲を実施する権限なきこと明白である。この場合原判決が認定せる如く公職追放者が弁護士登録を経てその職務行爲として公職者を代理することは許容されると爲す余地なきことは、彼のポツダム宣言を始めとし、前掲覚書勅令、政令等が何れも最も嚴格に解釈適用されなければならないこと及びこれ等の如何なる規定も公職追放者の弁護士が職務行爲として公職を代理執行することを認めた例外規定を設け居らざる点に照し明かである。これ他なし、若しこれを認めんか公職追放者の弁護士は名を訴訟代理に籍りて官公署への出入は勿論選挙管理委員会にも出入し、彼等が抱懷する軍國主義的、超國家主義的、反民主的思想を隨時隨所に具現して平和國家文化國家民主國家の建設に陰に陽に実害を与えるからである。更に又これを認めんか現に原告訴訟代理人が委任を受け訴訟中の原告鈴木利男外一人被告埼玉縣選挙管理委員会委員長吉井則淸(埼玉縣内政部長)間の東京高等裁判所昭和二十二年(ナ)第四三号川越市会議員選挙無効訴訟事件に元内務次官で公職追放者たる弁護士吉井喜実が被告の代理人となれる如く今後所謂追放官僚が弁護士となり國家公共團体を代理し公職の遂行を見る場合が多い。このことは國家賠償法が実施され人民の国家若しくは公共團体を相手とする訴訟の頻発する情勢下において特にその感が深い。これ原告訴訟代理人が公職追放者の弁護士登録そのものの不当を指摘し仮りに登録そのものが許されたる場合においても一般私法上の代理はいざ知らず、少なくとも公職者の代理は許さるべきでないと主張する所以である。然るに原判決は既に掲記せる如く「公職追放者の弁護士の訴訟行爲は弁護士の固有の事務を行うものであつて、それは別に公職者に対しその職務の執行政治上の活動を指示若しくは勧奬するとか支配の継続を実現することを意図するものではない」から公職を代理する権限があるとなして居るので不当も甚しい。一体原審は弁護士が公職者の代理たる場合そのものに対し何等の指示も勧奬も与えず、又、そのものと何等の意思をも通ずることなしに訴訟行爲の実施遂行の可能を信じて居るのであろうか、就中前記政令は自己の選挙権を行使する必要ある場合の外は絶対に如何なる選挙管理委員会の事務所にも出入してならないと規定して居るが、そこに出入しなくても選挙管理委員会の訴訟代理は出來るとなすものであろうか。この点を指摘しただけでも如何に原判決が理不盡の判決であるかがわかる。その他原判決は長谷川弁護士については追放該当者たるの証拠がないと言つて訴訟代理権の有無を恰も当事者の立証事項の如く思惟し自らの職権において取調ぶべき事項に対する認識を欠き原告訴訟代理人の追放覚書該当者たるの指摘あるにも拘らず、この点一片の調査もせず漫然判決せる外原告の経歴公報に掲載すべき原稿が法定期限内に到達せることはこれが告訴取調べの任に当れる平出檢事自身認めその点に関する証言はこれを拒まざる旨言明せるにも拘らず、この最も重要なる証人申請を却下し人民の基本権たる裁判請求権を不当に制限し旧態依然の官僚的裁判をなせるの違法あるものである。」と言うにある。

上告人は昭和二十二年四月二十日施行の參議院議員選挙に際し全國區から立候補して当選しなかつたのであるが上告人は同年四月二十八日即ち日本國憲法施行前右選挙無効の本訴を參議院議員選挙法第七十三條衆議院議員選挙法第八十一條、昭和二十二年法律第四十三号附則第四條の規定によつて大審院に提起したことは本件記録により明かである。ところが日本國憲法の施行と共に大審院の事件は裁判所法施行法第二條第一項裁判所法施行令第一條の規定によつて東京高等裁判所がこれを取扱うことになつたので本訴は同裁判所で審理裁判されたのである、そして同裁判所がかかる事件についてした終局判決に対してはその判決において法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかについてした判断が不当であることを理由とするときに限り最高裁判所に上告することができることは民訴應急措置法附則第三項の規定するところであるから原判決に対しては憲法違反を理由とするときに限り上告することができるのである、然るに本件の上告理由は單に原判決の違法を攻撃するにとどまり何等憲法違反を理由とするものでないことは上告理由書の記載により明白であるから本件上告は不適法としてこれを却下すべきものとし上告費用につき民事訴訟法第九十五條第八十九條により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(霜山 塚崎 栗山 藤田)

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